『リユース』 3/5
[平日夕方に小説が届くニュースレター。月曜から金曜の全5話で完結する奇妙な物語です。土曜日には、一気読みできる記事を配信します。メールドレスを登録いただくと毎号メールで届くので、続きを見逃さずに読むことができます。今日もお疲れ様でした。一日の終わりに一話いかがですか?]
「大丈夫ですか?」
幹夫は店員のその言葉で我に帰った。こんな感覚は久しぶりだった。
「すみません、ちょっと立ちくらみがしただけです。あ、このカメラいただきます」
一年前幹夫と幸枝は休みの日の日課の散歩をしていた。近くのスーパーでお弁当を買う日もあれば、幸枝が手作りの弁当を用意することもあった。近くに子供が楽しめるような遊具こそないが小さな池と植木とベンチがある小さな公園あった。毎週そこでお昼ご飯を食べる。それが子宝に恵まれなかった二人のささやかな楽しみであった。
いつものように二人が座れるほどの、小さなレジャーシートを池のそばに敷き弁当を広げる。その日は幸枝特製のおにぎりと唐揚げ、卵焼きに水筒に入れた味噌汁だった。いつも食べているような、なんてことのないラインナップだが外で食べるとなんともうまいのだから不思議である。そんな何気ない日常が幹夫と幸枝にとっては幸せなことだった。
「あなた……写真とってくれない? ほらいいじゃない。こんなにも花が綺麗ですよ」
幸枝は嫌がる幹夫にスマホを渡し花の前でポーズをしてみせた。イタズラっぽく笑う幸枝を見て観念した幹夫はスマホのシャッターを切る。写真に映る幸枝はいつもに増して儚げな表情をしていた。
これからもずっと続くと思っていた。朝起きて仕事をして、くだらない話をして眠る。しかしそんな日常も、ささやかな幸せも突如として奪われることがあるのが人生なのかもしれない。
サイレンの音が頭の奥で聞こえる。
「五十嵐さん!五十嵐さん聞こえますか!?」
目を覚ますと幹夫は病院のベッドの上にいた。口には呼吸器が繋がれ息がしづらい。自分の体にいくつもの禍々しい管が繋がっていてまともに動くこともできない。何よりも不思議だったのがなぜ自分がここにいるのかが分からないということだった。「病院」「医者」「ベッド」「点滴」「呼吸器」次々目に入るものを認識することはできるが、自身のことがわからない。まるで頭にモヤがかかったように何も思い出せない。状況を整理するまで意識が戻ってからかなりの時間を費やした。
「あなたは五十嵐幹夫さん。1週間前に事故に遭い、この病院に運ばれました。当初は意識不明の重体でしたが、今は安定しています」
「事故? 俺は事故にあったんですか?」
ベッドの脇に置かれた所持品がほとんど原型をとどめていないことが事故の凄まじさを物語っていた。壊れた腕時計と、布切れになってしまった衣服のようなもの。至る所の皮が擦れて禿げてしまっている財布。その中に入っていたであろう、少しのお金と免許証。幹夫は力を振り絞りその免許証を手にとる。
「俺は……五十嵐幹夫?」
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