『そばにいるよ』 1/5
[平日夕方に小説が届くニュースレター。月曜から金曜の全5話で完結する奇妙な物語です。土曜日には、一気読みできる記事を配信します。メールドレスを登録いただくと毎号メールで届くので、続きを見逃さずに読むことができます。今日もお疲れ様でした。一日の終わりに一話いかがですか?]
進学で上京し、念願の一人暮らしを始めて早一年と半月。今年二回生になった西野ななこは順風満帆だった。成績も学内でトップクラスでプライベートも充実している。ゼミの仲間は気が合う人ばかりだし一個上の先輩、田崎健治ともいい感じだ。でも一つだけ悩みがあった。それは最近バイトから家に帰る途中、背後に視線を感じること。
田島と西野が知り合ったのは映画サークルの新歓だった。どうにか酔わせて女の子に近寄ろうとする奴らと比べ田島は終始紳士的だった。泥酔してしまった仲間の介抱をしつつも常に周りに気を配り西野を始めとする新入生を楽しませようとしていた。
好きな映画を語りつつ、なんだかんだ理由をつけて飲みたいだけのくだらないサークルだったが、西野が辞めなかったのは田崎が理由だと言ってもいいだろう。
「好きな映画があるんだ」
飲み会で終電を逃した西野を家へと送るときに田島がふと話し始めた。
「そこまで話題にならなかったラブストーリーなんだけど、音楽と主人公たちの境遇が絶妙にマッチしていて、その映画のことを思い出すだけで気分が軽やかになるんだ」
「どんなお話なんですか?」
映画は好きで、一人でもよく劇場に足を運ばせる西野だったが、その映画のタイトルには聞き覚えがなかった。
「そうだね、ストーリーだけを話すととてもありきたりでチープな物語さ。運命的に知り合った男女が紆余曲折の末に結ばれて……」
「王道中の王道ですね」
「だろ? 仲間にお勧めするんだけどさ、こぞって酷評されるんだ。だからもう勧めるのはやめたんだ」
「その話、そのまま結ばれて終わりなんですか?」
「……いや。最期は男性の方が病気で亡くなってしまうんだ」
「なるほど、展開までありがちなんですね。でもお勧めしないのに、なんでその話私にしたんですか?」
「何でだろうね?女子と二人でいるのが気まずくて、話せる話題がこれしかなかったからかな」
そう言うと田島は照れくさそうに笑った。
西野はそのチープな物語を見てみたいと思った。ただ田島ともっと話したいと言う不純な動機だった。だが大きなレンタル店で一本しか置いていないほど不人気のその作品が、西野の心にも刺さった。確かに内容は王道ではあったのだが独特の台詞回しと、田島の言っていたマッチしている音楽。会話劇が主で、それでもその映画には最後まで見させる力があった。田島の言っていたことが何となく理解でき共感できたのが嬉しかった。
その映画の感想を田島に話したのがきっかけで、二人の関係も少しずつ近寄っていった。しかし二人とも恋愛に対しては奥手で、何度かの映画デートを重ねたが、一年以上経った現在も友人関係のままであった。お互いに意識しているのは周りが見ても明らかだったが、あまりにも美しくそして理想的なカップルであったこともあり、嫉妬からか二人に交際のきっかけを与える者も側にいなかった。それでも西野はもどかしい今のこの状況でさえ、幸せを感じ満足しそれ以上は求めていなかった。
続く
この物語が面白いと思ったら、ぜひ感想を添えてSNSでシェアしていただけると嬉しいです!
[読者登録していただくと次のストーリーが明日届きます(全5回)]
すでに登録済みの方は こちら