『そばにいるよ』 3/5
[平日夕方に小説が届くニュースレター。月曜から金曜の全5話で完結する奇妙な物語です。土曜日には、一気読みできる記事を配信します。メールドレスを登録いただくと毎号メールで届くので、続きを見逃さずに読むことができます。今日もお疲れ様でした。一日の終わりに一話いかがですか?]
西野はバイト中も浮かれていた。いつもはしないようなミスをし、店長に怒られたがそんなことではフワついた心は戻らなかった。やっとあの田島と付き合えた。一年以上抱いていた想いが、遂に身を結んだ。
頭の中ではあの映画の名場面がよぎる。運命的に結ばれた二人を自分達に照らし合わせて西野はニヤついていた。そうやって身の入っていない働き方をしているうちに夜のピークの時間を迎えてしまった。レジ打ちのピークは18時半頃から始まる。西野が担当しているレジも含め、全てのレジに順番待ちの列ができる。流石の西野も仕事に集中し始めた。今日は月に一回の特売デーで更に忙しい。カゴいっぱいに詰め込まれた食材や日用品のバーコードを手早く読み込み、別のカゴへとまた詰め直していく。ただ適当に詰めるのではなく、少しコツが必要で重いものや硬いものは下。柔らかいものは潰れないように上。パズルゲームのようにどんどん積み重ねていく。
「お次のお客様どうぞー!」
西野はそう言って顔を上げると笑顔が一瞬でこわばってしまった。目の前にあの男がいたのだ。忙しく周りのレジ打ちはこの出禁の男が買い物していることに気がつかなかった。悟られないように一瞬で店長を目で探したが近くにいないようだった。西野はとにかく事を荒立てないように、まずは今の状況を乗り切り後で報告することにした。半額のシールが貼られた惣菜数点と店で一番やすい発泡酒3本をレジに素早く通した。
「970円です。ポイントカードはお持ちでしょうか?」
動揺している気持ちを最大限抑え込み西野は笑顔で男に尋ねた。男は西野の顔を睨みつけ、そして周りに聞こえるか聞こえないかくらいの声量でこう言った。
「お前、ワシのこと馬鹿にしてるだろ?」
西野の心臓は張り裂けそうだった。
「この間はよくもあいつに言い付けたな? ……なるほど、西野さんね。覚えたからな」
制服に付けていた名札を覗き込み、暗く落ち着いたトーンで西野にそう言い放った。男は財布から小銭を取り出しトレーに投げカゴを持ってその場をあっという間に去ってしまった。
「つ……次の……次のお客様どうぞ」
西野の目からは恐怖で涙が今にも溢れそうだったが、動揺しつつも、何とか耐えてピークを乗り切った。バイトが終わった後、従業員の待機室にいた店長に詳細を話していると、あの男の顔を思い出し身体が震え我慢していた涙が溢れ出してしまった。
続く
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