『そばにいるよ』 2/5
[平日夕方に小説が届くニュースレター。月曜から金曜の全5話で完結する奇妙な物語です。土曜日には、一気読みできる記事を配信します。メールドレスを登録いただくと毎号メールで届くので、続きを見逃さずに読むことができます。今日もお疲れ様でした。一日の終わりに一話いかがですか?]
そんな二人が付き合うきっかけは、不幸中の幸いがもたらした。西野のバイト先に、少しおかしなことをを言うクレーマーの男が現れたからだ。西野は家と学校のちょうど間くらいの距離にあるスーパーでレジ打ちをしている。基本的には学校が終わって夕方から夜の閉店までの四時間が西野のシフトだが、土日のどちらかは朝の開店の時間から働くこともある。朝働いて知ったことだが、朝は前日に余っていたお惣菜が安く販売されていることもあり、かなり多くの人が開店前から並んでいる。その男も朝の争奪戦に参加している常連の一人だった。
ある日の朝いつものように開店時間になり一気に人が流れ込んだときに事件は起こった。
「痛い!あなた何するの!?」
西野はレジから身を乗り出して声がする方へ目を向けた。どうやら男が無理やり列に入り込み肘でご婦人の横腹を突いたらしく、揉めている様子だった。
「うるさい!あっちへ行け!邪魔だ!」
男の大声が店内に響いた。すぐに店長が駆け寄って男性を制止した。
「何だお前は!?俺が悪いんじゃない。この女がぶくぶく太ってるから邪魔なんだ!」
男性は制止されても暴言を吐き続ける。
「お客様。他のお客様のご迷惑になるので2階にあるスタッフルームでお話しましょう」
店長が冷静に男性を諭そうとすればするほいど男の怒りのボルテージは上がった。
「なんて店だ!もういい!帰る!覚えてろよ」
男はそう言い放つと駆け足で店を飛び出してしまった。
「ちょっとあの男を捕まえて!警察を呼んで!」
ご婦人も怒りで身体が震えていた。店長が追いかけると、近辺にはもうその男の姿は見えなかった。西野にとってこの店で働き始めて経験した修羅場であったが、それが自分に向けられたものではなかったので、どこか他人事のような感覚だった。帰りにロッカーで着替えているときに、パートの人に「また来たら嫌ですね~」と笑いながら雑談をしたくらいだ。
次の週の日曜、西野はまた朝からシフトに入っていた。まもなく開店の時間だという頃、列の後ろに例の男の姿が見えた。西野の担当する1号レジは入口からちょうど見える位置にあった。男の姿を見つけた西野はすぐに店長の元へ走りあの男がまた来ている旨を報告した。店長が入口の方を覗き込むと目が合った男は並ぶのを辞めて直ぐにその場を去ってしまった。
「よくあんな騒動起こしておいてまた来られますね」
西野は不思議そうに店長へ尋ねた。
「あのお客様は年に数回はああやって何か事件を起こすんだ。一度もう来ないでくださいと実質出入り禁止にしたんだけど忘れた頃にこの間みたいにやってくるんだ」
「この間が初めてじゃなかったんですね……」
西野は嫌な予感がした。入口から男の姿が見えていたということは、男側からも西野の姿が見えていたと言うこと。
「あの人に……私が店長に言い付けたのを、見られたかもしれません」
次の日、西野は学校で昨日の出来事を田島に全て話した。田島は少し不安そうな顔で終始その話を聞いていた。
「流石に大丈夫だとは思うけど、最近は物騒な事件が多いからね。用心するに越したことはないよね。心配だな」
西野が田島にそのことをわざわざ打ち明けたのはまさに心配してもらいたかったからだ。そしいて思惑通り田島は西野のことを心配している様子だった。
「もしも私がその男に襲われるようなことがあったらどうしますか?」
西野は悪戯っぽく田島にそう尋ねた。
「冗談でもそんなことは言わないでくれ!」
田島は語気を荒げた。
「キミにもし何かしたら俺はその男を許さないよ。どんな手を使ってでも見つけ出して復讐するだろう」
西野は声を荒げた田島に驚いたが、驚いたと同時に嬉しかった。
「じゃあ襲われないように守ってくださいよ」
そんな言葉が自分から出たことに自分が一番驚いた。この事件がきっかけで二人の交際はスタートしたのだった。
続く
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