『リユース』 4/5
[平日夕方に小説が届くニュースレター。月曜から金曜の全5話で完結する奇妙な物語です。土曜日には、一気読みできる記事を配信します。メールドレスを登録いただくと毎号メールで届くので、続きを見逃さずに読むことができます。今日もお疲れ様でした。一日の終わりに一話いかがですか?]
帰宅したときにはもう17時を回っていた。ずいぶんとさっきの店に長居してしまい、晩御飯を用意する時間がなかったので近くのコンビニにで弁当を買って帰った。幹夫は頭の中に流れ込んできたその女性のことがずっと気になっていた。
「仕事場の上司がね、会社近くにある商店街のお店のお味噌が美味しいっていつも言ってるの。味噌なんていつも同じメーカーの安いものを使っているし、そんないいもの私にはわからないって話したんだけどさ、それでも一回試してみろって」
「ちょっとごめん」
幹夫は弁当を食べるのをやめ、幸枝の声も早々に受け流し、自室へ籠った。またあの女性に会いたい。そのカメラに再び触れ目を瞑る。幹夫の願い通り、また眩い光がの瞼の裏を照らし再びあの二人の記憶が幹夫の頭の中に流れ込む。
古びたアパート。6畳ほどの一室で男女がコタツを挟んで向き合っている。
「俺さ。もうカメラマンになるのやめるよ」
男のその言葉を聞いた瞬間女はテーブルに突っ伏して泣き始めた。
「仕方のないことさ。もう俺もいい歳だから。このカメラだけど、バイト先の先輩にあげようと思うんだ。カメラマンを目指すことに理解を示してくれてさ、仕事のシフトかなり融通してもらったんだよね。そのお礼さ」
女はその言葉を聞いても泣き止まない。
「ごめん。応援してくれてたのに。こんな終わり方になってしまって」
それからしばらく泣き続け、ようやく息を整え、涙を漏らしながらも男に訴えた。
「私のせいなの?」
男はその言葉を聞いて少し考えはしたが、しばらくして真剣な面持ちで答えた。
「違うな。やめるのはただの俺の実力不足。あえていうなら君のせいではなく、君のおかげだよ。俺はね、君に教えてもらったんだ。夢を追うことよりも大切なことを。これからは平凡でいい、ただ毎日を静かに平凡に暮らしたい」
女は男の元へ行き胸に顔を埋める。
「いいの? 本当に?」
「ああ。ちゃんとした仕事も見つけてくる。だから……」
女は埋めていた顔をあげ男と見つめ合う。
「だから結婚してくれ、幸枝」
幹夫は目を覚ました。幹夫が見ていた記憶は自身の記憶だった。
「そうか……このカメラは俺が昔使っていたものだったのか、だから」
その感覚を幹夫は知っていた。事故後歩けるようになってから自身の色んな情報を教えてもらった。しかしどんなに衝撃的な事実を告げられても、記憶がないのだからそのときは驚きようがない。
はじめに戻った記憶は自分の好物が卵焼きだったということ。病院で出された卵焼きを口へ含んだ瞬間、眩い光と共に幼い頃に母が作ってくれた記憶が蘇った。
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