『リユース』 5/5
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記憶がある程度戻り、普通の生活が徐々にできるようになった幹夫。そんな折、入院生活を終え自宅へと戻る運びとなった。脳を検査していくうち、まだ記憶があった頃に思い入れがあった物に触れるとどんどん記憶が戻っていくことが分かった。記憶障害は何かがきっかけで治ることがある。人それぞれだが、匂いや音楽、風景。時間が解決してくれることもある。幹夫の場合は思い出に触れることがそのきっかけになっていたのだ。
自宅へ帰ればそのほとんどの記憶が戻るだろうと医者は帰宅を許可した。しかし幹夫は自宅へ戻るのが怖かった。入院生活を続けていくうちに断片的に思い出していた、妻の記憶。これ以上思い出して悲しい気持ちになりたくないと恐れていたのだ。
自宅マンションがある駅を降りた時点で幹夫の目にはもうすでに涙が浮かんでいた。一歩歩くごとに一つ一つの思い出が蘇ってくる。見慣れた街並み、懐かしい風、幸枝と歩いた散歩道。心が壊れそうなほどの悲しみが幹夫を襲ってきた。
「なぜ俺はこんな大切なことを忘れていたんだ」