『誘い水』 3/5
[平日夕方に小説が届くニュースレター。月曜から金曜の全5話で完結する奇妙な物語です。土曜日には、一気読みできる記事を配信します。メールドレスを登録いただくと毎号メールで届くので、続きを見逃さずに読むことができます。今日もお疲れ様でした。一日の終わりに一話いかがですか?
私の名前は橋本千佳子。25歳のフリーター。都内で一人暮らしをしている。25にもなって停職についていないのは子供の頃からの夢であるアイドルにこの歳になっても憧れているから。家族や友人はいい加減夢を見るのはやめて就職するなり結婚するなり人生を考えろと言ってくる。しかし私は子供の頃からいわゆる普通の人生というのに魅力を感じたことはない。そう思って生きてきたのだからここで諦めたら、5歳の頃から始めたダンスも、小学生の頃から始めた演劇も、中学からひっきりなしに受けてきたオーディションも、それこそ今までの人生が台無しになると思っている。アイドルになるためにこの人生を捧げてきたのだからアイドルになれなかった人生を含めて私であるということにみんな理解を示してくれない。
例えば幼い頃から絵の道を志した人がいて、美大に入学するために絶え間ぬ努力を続けてきたとしよう。その後画家になれなかったからといって諦めが着くだろうか? そこで割り切れる人の方が少ないと思う。もし割り切れたのであれば申し訳ないが本気じゃなかったからだとさえ思う。画家になる為に人生のあらゆる分岐点を選び進んできたのだからそれまでの人生が台無しになる選択をどうして年齢や挫折なんかの理由で諦めることができようか? 私は一生〝アイドル〟か〝アイドルを目指す人間〟であるしかないのだ。だからと言って現実が見えていないわけではない。きっと私は後者だと何となく気がついている。
そう思っていたところ、たまたまテレビで見ていた番組でとある新人アイドルグループが目に入った。話によるとそのアイドルグループはSNSで話題の人間を集めて作った即席のユニットらしい。ほとんどがダンスや歌も素人に毛が生えた程度で、容姿だって大したことない。一番驚いたのはメンバーの年齢であった。10代が当たり前だと思われた時代に半数が私と同じかそれ以上の年齢だった。それでもその素人っぽさが世間には受け入れられており、私は衝撃を受けた。さらに驚いたのはそのようなアイドルやタレント志望がSNS上には五万といるのを知ったからだ。私はその日から早速アカウントを作りSNSの投稿を始めた。
情報によればフォロワーが1万を超えたあたりでPRなどのお金が発生する仕事が舞い込んでくるようになるらしい。さらに増えれば芸能事務所からDMが来てその事務所に所属することもあり得る。アイドルを目指す人間からアイドルへと変わるにはこれがラストチャンスであると確信した。
つづく
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