『誘い水』 1/5

 俺は不細工だが特に女に不自由していない。もちろんプロではなく一般の女の話をしている。 金を持っているわけでもお笑いセンスを持ち合わせているわけでもない。実家が太いわけでもなければインフルエンサーでもないし性格も悪い。
バラシ屋トシヤ 2023.05.08
誰でも

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 俺は不細工だが特に女に不自由していない。もちろんプロではなく一般の女の話をしている。 金を持っているわけでもお笑いセンスを持ち合わせているわけでもない。実家が太いわけでもなければインフルエンサーでもないし性格も悪い。

 なのにそんな俺がなぜ定期的に違う女を抱くことができるのか? それは〝ブラフ〟を駆使しているからだ。このSNSが生活の中心に蔓延る時代、承認欲求という自身の中に住む悪魔に勝てる者などほとんどいない。芸能や歌手、アイドルは類まれなる努力と生まれ持っての才能、その両方を持ち合わせていなければなれなかった時代から、今は誰でもやり方次第では表舞台に立てるようになった。

 例えば学校ではパッとしなかったあの子も、家に帰れば投げ銭で何十万も稼ぐネットアイドルに変身しているかもしれないし、美術の成績が悪いはずのあいつが、一枚投稿すれば何十万リツイートされるイラストレーターになっているかもしれない。

 つまり、誰でも〝ブラフ〟を使えば人気者になれるチャンスがあるのが今の時代だ。美人でないものが美人のふりをする。才能のないものが才能があるふりをする。その世界でトップを目指すのではなく、ある程度の人気を得る方向で考える。そして世の中もそんな未完成で〝ブラフ〟に塗れた人間を身近に感じ人々は推し始めるのだ。

しかし俺の言う〝ブラフ〟はその次元の話をしているわけではない。その承認欲求が抑えられなくなった女に少しの〝ブラフ〟という名の誘い水を出す。その偽物の甘い蜜に呼び寄せられた愚かな世間知らずを手籠にするのが俺のやり方だ。

 俺にはこれと言った才能はないが流行している各SNSからそんな世間知らずを探し出す才能には長けていると自画自賛する。

 流行りの音楽に合わせて加工しまくった姿で踊る女のコメント欄は、その女に気に入られたいが為に肯定する意見と嫉妬に塗れた悪態が蔓延る。その女は女で賛否があるのは人気者になった証だと喜ぶ。そんな女の承認欲求を少し満たしてやる〝ブラフ〟を使えば簡単に言うことを聞かせることができる。

 悪いことをしている自覚がないわけではない。しかし考えても見てほしい。俺は昔から女とは縁がなかった。いつも意中の女は面のいい男や運動神経抜群のイケすかない男どもに持って行かれていた。成人し、この〝ブラフ〟を使えるようになるまではほとんど女と口も聞いたことがなかった。かと言って女に無理強いすることはない。ストーカーじみた行為なんてしたことはない。今世間を震撼させている連続殺人事件の犯人は、考えることをやめてしまった世界線の俺ななのかもしれない。不満を不満のまま己の中に抱き続け爆発させてしまう人間は少なからず存在する。俺も意中の女を手に入れることができず、後ろをつけ狙うことしかできなかった未来もあったかもしれない。いや、ストーカーや殺人の場合だけではなく、世間で起こっているほとんどの事件の犯人は自らの境遇に言い訳し、妬み、嫉みを抱きに抱いて強硬手段に走ってしまっただけに過ぎない。それに比べたら俺の〝ブラフ〟なんて可愛いもんだと思わないか?

つづく

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