『整う』 3/5
[平日夕方に小説が届くニュースレター。月曜から金曜の全5話で完結する奇妙な物語です。土曜日には、一気読みできる記事を配信します。メールドレスを登録いただくと毎号メールで届くので、続きを見逃さずに読むことができます。今日もお疲れ様でした。一日の終わりに一話いかがですか?]
どんな死に方したくない? と問われたらお風呂に入っているときだと私は答える。それはそうでしょ? サウナで後は外気浴をすれば〝整う〟ってときに殺されたら最悪だと思わない? それに裸で殺されるってなんだかその後のことを考えると恥ずかしいし。別に裸を見られることにそこまで羞恥心を抱いている訳ではないの。結局司法解剖とかされるなら裸になると思うし。気持ちよくなっているときに死んだんだと思われるのが恥ずかしいの。ほら裸の時って気持ちいいことをしてるときじゃない? 今回の場合はお風呂のことを指すんだけど。気持ちいいことをしているときに死んじゃって残念って思われるのがどうしても耐えられない。人に残念がられるのって昔から恥ずかしくて。だって「残念だったね」って言葉は余裕のある立場から、上からだから言える言葉だって思うの。だからそう思わせたんだと思うと、とっても自分が恥ずかしく感じるのよね。あと私は整ってる最中に邪魔されるのがこの世で一番嫌いなんだよね。まあそんなことは死んでしまったら意味ないんだけどね。
例えばもうすぐ仕事が片付くってときに、また別の仕事を振られる瞬間とか。先輩はタイミングってものを考えないのよ。「一人前の社会人っていうのは複数の仕事を同時にこなせるようになることよ」っていうのが先輩の口癖。いつも飲み屋で語ってるの。こっちは何度も聞いたあなたの自分論を、さも初めて聞きましたみたいな面持ちで聞きつつ、もうすぐ空きそうなレモンサワーのグラスにも注意を払っている。奇しくも私は二つのことを同時にこなしているのに先輩ときたら話に夢中でお刺身のお醤油に袖が浸かっていることに気がついていない。ていうかそもそもの話、後輩に同じ話を何度もしている時点で仕事を教えるということと後輩に好かれるという二つのことを同時にできていない。別に私は仕事が嫌いってわけじゃないの。むしろきつい仕事ほどやりがいを感じ〝整う〟ことができる。問題はタイミングなのよね。いつももうすぐ〝整う〟ってときに次の仕事が来るんだもん。私より2年先輩ってだけでどうしてそんなにも偉そうにできるの? お酒が弱いわけでもない私が先輩と飲むときはいつも悪酔いしてしまう理由、先輩は想像したことあるのかな?
〝整う〟ことを邪魔されるといえば、さっきもそうだった。最近のシャンプーとリンスってボトルを見分けるのって難しくない? 見た目が全く一緒でさ、小さい文字で、しかも英語でシャンプーだとかリンスだとか書かれてない? あれウザくない? もっとわかりやすくさ、でかい文字でこれはシャンプーですって書いといて欲しいわけ。しかも私って普段眼鏡だからさ、お風呂場ではもうほぼ感覚で過ごしているのよ。だから一か八か勘でボトルをプッシュしたら見事にハズレ。一向に泡立たないと思ったら案の定リンス。ていうかよく見たらコンディショナーって書いてある。あれ何? 結局のところリンスとコンディショナーとトリートメントって何がどう違うの? ボディーソープって何? 要は石鹸のことでしょうが。私はまだ年齢的には若いけど、おばあちゃん子で中学生の頃までおばあちゃんの家で過ごしてきたから考え方は少し古風なところがあるのかもしれない。シャンプーやリンスのボトルにデザイン性なんていらない。きちんと汚れを落とすことができて、よっぽどきつい匂いでなければメーカーとかもどうでもいい。整っているときにそのようなミスが起こってしまうと整い方が半減してしまう。ただでさえ今日は大仕事を終えたところだったのに。
【記録3】
〈警察官が横たわる被害者を発見。背中に複数の刺し傷を確認。応援を要請する〉
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