『整う』 2/5
[平日夕方に小説が届くニュースレター。月曜から金曜の全5話で完結する奇妙な物語です。土曜日には、一気読みできる記事を配信します。メールドレスを登録いただくと毎号メールで届くので、続きを見逃さずに読むことができます。今日もお疲れ様でした。一日の終わりに一話いかがですか?]
例えば山積みになった仕事を片っ端から終わらせていくのだって私にとっては気持ちがいいことの一つ。なんて言えばいいのかな。辞書に載っている単語を、覚えたとこから片っ端に食べていくって聞いたことない? 聞かないか? 猫型ロボットの道具の話だったっけ? 昔おばあちゃんから聞かされた気がするんだよね。まあそれはいいや。流石に私はそこまでのことはしないけどさ、でも覚えた場所にアンダーラインを引いていくのは好きだった。教科書やノートがカラフルに色づいていく度に私の脳がまた一つ経験値を積み、一冊終わればレベルアップするような感覚。でもあれって逆に覚えた気になるからダメだって先生が言ってたな。人それぞれだろ!
あとは塗り絵も好きだったな。白黒のシンプルな絵に色を足していく作業。私は昔から0から何かを生み出すのが苦手で、絵を描くことよりも、元々ある絵に色を塗っていくこの作業が大好きだった。どんどん埋めて全てのページを塗り切ったとき、言葉に表せられない感動が私を包み込むの。
あれ? なんの話をしてたんだっけ? あ、そうそう〝整う〟だ。結局何が言いたいのかというと山積みになった仕事を終わらせていくこと、覚えた英単語にアンダーラインを引いていくこと、塗り絵すること。そんな些細なことを地道に達成していく度に私は整っているんだと思う。
その究極が皮を脱ぎ捨てる瞬間ってわけ。1日の疲れを癒すお風呂の時間、奇しくも同じお風呂という空間で私はサウナなんて入らずとも〝整う〟ことができるってことね。
そんなわけで初めの質問に戻るんだけど、私にとってはその瞬間が何よりも無防備な状況を指すってわけ。頭を洗っているときに後ろに気配を感じて何度も振り返ったりすることない? あれこそ自分が無防備だという証拠。人間なんて目は前にしかついていないんだから普段は後ろのことなんて大して気にしていないはずよね? なのに頭を洗ってたりシャワーを浴びている時に限って後ろが気になるってことは人間が本能的に危険を察知しているからなんだと思う。脳が遺伝子のレベルで考えてしまっているのよね。「ああ今私無防備だ」って。あと裸だしね。
それでここからが本題なの。今まさに私はその整っている状態なんだけど、まずいことが起こっているの。ここは一人暮らしのお風呂場なんだけどさっきから窓の外に気配を感じるの。みんなは経験したことない? お風呂に入ってる時に限って宅配便が来たこと。そんなときは居留守を使いたいんだけど、何せお風呂場の窓はマンションの廊下に面しているもんだから気配を消すのに細心の注意を払う。もし将来私が家を建てるならお風呂場に窓だけは作りたくないな。
こんな無防備なときに、最悪よね。
【記録2】
〈通報があった現場のマンションに警察官が到着。インターホンを鳴らすが反応がない。大家に連絡を取り鍵を開けてもらう〉
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