『整う』 4/5
[平日夕方に小説が届くニュースレター。月曜から金曜の全5話で完結する奇妙な物語です。土曜日には、一気読みできる記事を配信します。メールドレスを登録いただくと毎号メールで届くので、続きを見逃さずに読むことができます。今日もお疲れ様でした。一日の終わりに一話いかがですか?]
お風呂で体を洗うときみんなはどこから洗う? 私は頭が先。その後右腕を洗ってそれから左腕。胸、お腹と続いて下半身を洗って最後に背中を洗うのがいつものルーティン。これって不思議よね? 別に親に教わったわけではないと思うんだけどいつの間にかそうなってた気がする。人によっても違うと思うから、人間にはそれぞれ利き腕があるように、それぞれの性格があるように、それぞれの身体の洗い方が生まれつきあるんだと思う。もしかしたら見た目や性格のように遺伝かもしれないけどね。私の親はもうこの世にいないし、身内と呼べる人ももういないから今更確認のしようもない。でも殺人犯の親が殺人犯とは限らないように、説立証は難しそうね。
子供ができて、その子供が自分で身体を洗えるようになるまで私のこの説は立証できないな。まあまず結婚できればの話だけど。
それにしても今日の〝整い〟方は凄い。さっきから天国へ昇る様な気分。今日は特に汗をかいていたし身体にこびりついた汚れも凄まじかった。それを丁寧に丁寧に擦り落とし、頭のてっぺんからつま先まで綺麗に洗い流して湯船に浸かる。こんなに気分が良いこと、他にあるだろうか。誰にも邪魔はされたくない。
〝整う〟ことを邪魔されるのが嫌いって言ったけど、我慢できないことは他にもある。最初の話に戻ってしまうんだけど、頭や身体を綺麗に洗う前に湯船に浸かる人間が嫌い。汗でできた皮は掛け湯くらいでは脱ぎ捨てられないと思うの。つまりそのまま湯船に使ってしまうと皮が溶けて馴染んで大きな汗だまりができてしまうということ。そうだな、海やプールでおしっこをする人が少なからずいると思うんだけど、考えないようにはしているけどふとした瞬間に頭をよぎることがある。例えばいかにも不潔そうなおじさんがぷかぷか浮いているすぐ横をクロールするのってよく考えたら嫌じゃない? でもほとんどの人が甘んじて受け入れていると思うの。それはなぜなのか? それは我慢できる限界値だと思う。海やプールほどの広さがあればおじさんの体液は受け入れられるけど、おじさんが指を入れてかき混ぜた水を飲むのは吐き気がする。わかりやすい例えにおじさんを使ってしまってごめんなさい。つまりお風呂場の浴槽が私にとっての限界より小さいの。浴槽の大きさにきちんと洗ってない身体、つまり汗の皮が溶け込むのは許せない。ちなみにさっきのおじさんが指でかき混ぜた水、私は平気。平気で飲むけどね。
あれ?
ちょっと待って……玄関の扉が開いた音がする。誰かが家に入ってきた。ちょっと待ってよ、こんな無防備なときに。私が〝整う〟のを邪魔するのは誰?
【記録4】
〈鞄の中から社員証を発見し身元判明。被害者は高梨由奈25歳〉
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