『再会』

さっきまで降り続いていた雨が出棺の合図である車のクラクションと共に止んだ。夏の匂いがし始める六月の終わり、私は高校のクラスメイトだった香奈子と美久に再会した。
バラシ屋トシヤ 2023.03.16
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 さっきまで降り続いていた雨が出棺の合図である車のクラクションと共に止んだ。夏の匂いがし始める六月の終わり、私は高校のクラスメイトだった香奈子と美久に再会した。疎遠になっていた同級生と再会するのは結婚式かお葬式のどちらかだと相場が決まっている。しかし私が一番会いたかった人の声だけは聞くことができない。もう一度会って、ただ謝りたかった。

 私は香奈子と美久と共に飲食店へと向かっていた。二人の共通の知人が営んでいる、おしゃれな雰囲気のお店がこの近くにあるのだという。揃うのは五年ぶりくらいか。二人は卒業してからも頻繁に会っているのが会話の様子で伺えた。

 チェーンの飲食店や居酒屋が並んでいる駅前の大通りをしばらく進んでいると、右手側に狭い路地が見えた。そこを曲がり更に進むと古びた建物と建物の隙間にその店はあった。店が見えると美久はスマホを取り出してカメラを起動する。

「ここよここ。まだオープンの時間じゃないけど特別に一時間前に開けてもらったの」

 そう言いながらカシャカシャと何度もスマホのシャッターを切る。高校の時も美久は何かあると直ぐにスマホを取り出し撮影会を始めていた。美久がこうなるとなかなか終わらない。あの頃撮り溜めたデータはどうなっているのだろう。今や見返すどころか葬られているに違いない。

「いい店だね」

 お洒落だとか流行りの物に縁の無かった私はそんな月並みのつまらない感想しか言えない。真新しいその店は周りの建物と馴染んでいないような、少し浮いているような印象だった。コンクリート打ちっ放しの外壁に木枠の大きな窓と入り口の扉。店内のオレンジ色の光が路地に漏れている。

「いい加減写真はもういいでしょ!暑いし早く店内に入ろうよ」

 香奈子は汗でじっとり湿った喪服が気持ち悪いらしく、とにかくクーラーの効いた店内に入りたくて仕方のない様子。美久の独りよがりな行動をいつも静止するのは香奈子の役目だった。私たちが美久の言動に意見をすると、いつも嫌な顔をしていた。どうやら今だに香奈子の言う事だけは素直に聞くようだ。妹のようにはしゃぐ美久と、それをサラッとあしらうさっぱりとした性格で姉御肌の香奈子。関係性は変わっていない様子。

「ほら、塩!塩!」

 扉を開けようとした美久を呼び止め、香奈子は葬式で貰っていたお清めの塩を取り出した。互いに掛け合いようやく扉を開ける。新鮮な木の香りと美味しそうな食べ物の匂いが混ざり合った心地いい空気に包まれた。

「いらっしゃいませ!」

 髭を蓄えてはいるが清潔に整えられ、丸いメガネをした二十代前半くらいの男性が私たちを出迎えた。真っ白なシャツに茶色のスラックスに黒い革靴。その上に紺色のエプロンをつけている。まだ若いがいかにもこのお店をオープンしそうなお洒落で柔らかい印象の男性だ。香奈子と美久のどちらかの意中の男性なのか?

「本日はおめでとうございます。よろしくお願いします」

 その言葉で今日がこのお店のオープンの日だと知る。どちらにせよお葬式帰りに喪服を着た女が「おめでとう」とは何とも不謹慎である。美久の男性と話す時だけ声のキーが高くなる癖も高校の頃から変わっていない。察するに美久の意中の男性なのだろう。

「シェフも今裏で腕によりを掛けて料理を作っていますよ。今日は楽しんで行ってくださいね」

 にっこり笑ってその男性は私たちを窓側の広い席へと案内してくれた。

「本日はシェフのおまかせコースになります。お飲み物はいかがなさいますか?」

 メニューを見るとお洒落ではあるがイタリアンでもフランス料理でもなくいわゆる居酒屋料理が並んでいる。男性がシェフだとかコースだとか言っているのは冗談めかした言い方をしているのだと私だけが遅れて気が付いた。

「紀子もいてくれたらよかったのにな……」

 疎外感を感じてしまった私はそんな決して言ってはいけないセリフを吐いてしまった。そう、紀子と疎遠になってしまっていたのも私の一言が原因だった。


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