『わけあり物件』 ※一気読み

編集者の村本は担当している作家の若林俊明に深夜2時にファミレスに呼び出された。入り口を入って右奥の窓側の席が若林の定位置。
バラシ屋トシヤ 2023.04.29
誰でも

[隔週の平日夕方に小説が届くニュースレター。月曜から金曜の全5話で完結する奇妙な物語です。土曜日には、一気読みできる記事を配信します。メールドレスを登録いただくと毎号メールで届くので、続きを見逃さずに読むことができます。今日もお疲れ様でした。一日の終わりに一話いかがですか?]

 編集者の村本は担当している作家の若林俊明に深夜2時にファミレスに呼び出された。入り口を入って右奥の窓側の席が若林の定位置。

「村本さん、いい物件見つけましたよ」

 肩まで伸びたロン毛に無精髭の男には似つかわしくない、生クリームがこれでもかというくらい乗ったパフェを口に運びながら若林はそう言った。

「若林さん勘弁して下さいよ、前回もそんなこと言ってたじゃないですか」

「今回は凄いんだって。この間の物件とはレベルが違うんだよ」

「だからってこんな夜中に僕を呼び出さなくても……」

 若林は言わずと知れたホラー作家で、出される書籍は全てベストセラー。映画もこれまでに二本公開されるなど超がつく程の売れっ子だ。

「全く……で今回はどんなわけあり物件なんですか?」

「村本さん、ちょっとこれ見てよ。」

 若林が見せたのはスクラップブックでそこには古いものから新しいものまで丁寧に新聞を切り抜いた記事が貼られている。

「世田谷区連続不審死……ああこれニュースで見たことありますよ。なんでもこの古いアパートのある部屋に住んだ人が連続して亡くなって……その全員が心臓発作という……ってまさか」

「これさ気持ちい悪いニュースだよね? 細かい住所はニュースで公開されてなかったんだけどね……古い知り合いが独自のルートで調べてくれてさ」

 若林は次の作品では今までと違った新しい挑戦をしようと考えている。それは自らの実体験を元にしたホラー小説である。そのためにここ数年の間何度も若林はわけあり物件、いわゆる事故物件に移り住んでいるのだ。だがそう簡単に怪奇現象なんてものは起こらない。

「もう引っ越すんですか?つい二週間前じゃないですか、今の部屋に住み始めたのは」

「なんかこう……ゾッと来ないんだよ今の部屋は。頼む!傑作を書く為なんだ。協力してくれ!!」

 若林はこと小説においては天才的だが、実生活となると別で引っ越しの手続きですら村本頼りだ。住んでいる物件に飽きるとすぐにまた別の物件を探し、その度に村本に連絡をよこす。

「わかりましたよ……その代わり傑作頼みましたよ」

 数週間後村本と若林はタクシーに乗っていた。不動産屋に例の物件について問い合わせたところ喜んで住まわせてくれることになった。事件以来誰も入居しなかったらしい。確かにその物件は駅から離れた辺鄙な場所にあり家賃は安いが苦学生ですら住もうとは思わないほど老朽化している。

 タクシーから飛び出すように降りた若林は肩からぶら下げた鞄からデジタルカメラを取り出し、夢中でシャッターを切り始めた。

「私はすぐに戻るので少し待っててください」

 村本は運転手にそう伝え、ため息を吐いて若林のそばへ駆け寄った。

「ここか~。凄いよ村本さん。ここ。まだ入ってもないのにゾッとくるね、何か感じるものがあるよ」

 村本の気持ちとは反対に若林は目を輝かせ少年のような顔をしている。

「そうですか……それは良かったですね」

 何が悲しくてベストセラー作家がこんなワンルームのボロアパートに住まなければならないのか。この業界、変わった人間は多く見てきたが若林ほどの人間を見るのは初めてだった。この創作に対する情熱が更なる並外れた傑作を生み出したる由縁なのだろう。

「引っ越しの手続きももう済ませたので、夕方には荷物も届くはずですよ」

「ありがとう村本さん」

 若林は村本の声にただ反射的に答えているだけで、視線と心はもうこの部屋に奪われている。「では、また何かあったら連絡下さい」

「はい……」

 村本は再びため息を吐きタクシーへと戻った。

「神保町方面へお願いします」

 村本は窓から若林の後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた。それが生きている若林の姿を見た最後だった。1ヶ月後のニュースで、ベストセラー作家の若林俊明の訃報が報じられた。

「若林さん!!若林さん……どうして……」

 村本は訃報を聞いても実際に若林の死体を見るまでは信じていなかった。ベットで横たわる若林は今にでも起き上がってわがままを言い出しそうな顔をしている。

「心臓発作だと」

 廊下で項垂れていた編集長が力なく言った。若林の部屋の隣の住人が、人が倒れたような大きな音がしたと119番通報したらしい。救急隊員が到着したときにはすでに若林は事切れていた。「あの物件だ……あの物件に何かある」

 村本が編集者になったのはホラー小説が好きだったからではない。どちらかと言えば心に染み入る純文学を作りたいと考えていた。二年目に任された若林の担当を村本は一つの仕事として上から命じられるままにこなしていた。しかし若林の作品に対する常軌を逸した姿勢、情熱、魂にいつしか心を奪われ誰よりも早くその作品を読めること、そして世の中に発信することを誇りに感じるようになっていた。作家自身は困った人間でも生み出す作品が素晴らしければ、どうしても魅了的な人間に見えてしまう。村本はなんだかんだ言って、若林のことが人間として好きだった。

「……そうだ。作品は?作品はどうなったのだろう?」

 病院に呼び出された時点で深夜0時を過ぎていたが、村本は病院を飛び出しすぐそばの公道でタクシーを拾った。

「この住所まで向かってください」

 ラジオからは聞いた人が踊りたくなると話題の最新のJ-POPが流れていたが村本の耳には届いていない。昔若林から聞いた言葉に思いを巡らせていた。

「村本さん、よく作家は自分の血を文字に表すと言われているが私は違う。私にとって作品は血ではない。血肉だ。私は作品を生み出すことに命を掛けている」

 あの時の若林の目は、自らが生み出してきた多くのフィクションとは違い本物だった。必ず原稿は完成している。村本は確信していた。

 タクシーがその場所へ着いたときは遠くの空が青く色付き始める頃だった。目撃者もおらず心臓に疾患があるわけでもなかったので警察は事件も視野に入れて捜査し始めるだろう。チャンスは今しかない。村本は若林にいつも持たされていた合鍵で古いアパートの扉を開ける。

 扉が閉まる衝撃で部屋の天井が軋んだ。明らかに外と佇んでいる空気が違った。嫌な気配が全身を包む。村本はやっと思い出した。ここはわけあり物件だということを。

 カップラーメンの容器や水のペットボトルが散乱する部屋。一つだけある本棚、そこに入りきらずに積み重なった本。机の上には灰皿に山ほどのタバコ。そしてこの部屋にはおよそ似つかわしくない最新型のノートパソコン。

「若林さん……」

 若林はこんな場所でたった1人で、ただ作品と向き合い続けていたのだ。作品を生み出すためにこんな場所で一人、全ては傑作を生み出すために。

 パソコンの電源を入れる。不用心だがパスワードを設定していなかったことに、このときは助けられた。

「これだ……」

 村本は原稿が入っているであろうファイルを見つけ開いた。薄暗い部屋で、気味の悪い単語の数々が並んでいたが村本にはその一字一字が明るく輝いて見えた。若林が生き絶えるその時まで書いていた作品。村本は一度深呼吸してから読み始めた。

「え?なんだこれ……」

この小説の導入を読むだけで、この作品の不穏さに気付いた。

「これって……」

〈編集者の村本は担当している作家の若林俊明に深夜2時のファミレスに呼び出された。入り口を入って右奥の窓側の席が若林の定位置。

「村本さん、いい物件見つけましたよ」

 肩まで伸びたロン毛に無精髭の男には似つかわしくない、生クリームがこれでもかというくらい乗ったパフェを口に運びながら若林はそう言った。

「若林さん勘弁して下さいよ、前回もそんなこと言ってたじゃないですか」〉

「なんだよ……なんだよこれは!?」

〈 「全く……で今回はどんなわけあり物件なんですか?」

「村本さん、ちょっとこれ見てよ。」

 若林が見せたのはスクラップブックでそこには古いものから新しいものまで丁寧に新聞を切り抜いた記事が貼られている。

「世田谷区連続不審死……ああこれニュースで見たことありますよ。なんでもこの古いアパートのある部屋に住んだ人が連続して亡くなって……その全員が心臓発作という……ってまさか」

「これさ気持ちい悪いニュースだよね? 細かい住所はニュースで公開されてなかったんだけどね……古い知り合いが独自のルートで調べてくれてさ」〉

 そこに書かれていたのは、この物件のことを知らせるために村本が深夜にファミレスに呼び出されたときのことだった。そのときの会話や行動が描写されている。さらに驚いたのはその後の文章だ。

〈「では、また何かあったら連絡下さい」

「はい……」

 村本は再びため息を吐きタクシーへと戻った。

「神保町方面へお願いします」

 村本は窓から若林の後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた。

 生きている若林の姿を見たのはこれが最後だった。1ヶ月後のニュースで、ベストセラー作家の若林俊明の訃報が報じられた。〉

「何で……こんなことって……なんだよこれ? 自分が死ぬことまで書いてあるぞ、こんなのっておかしいだろ」 

〈 扉が閉まる衝撃で部屋の天井が軋んだ。明らかに外と佇んでいる空気が違った。嫌な気配が全身を包む。村本はやっと思い出した。ここはわけあり物件なのだ。

 カップラーメンの容器や水のペットボトルが散乱する部屋。一つだけある本棚、そこに入りきらずに積み重なった本。机の上には灰皿に山ほどのタバコ。そしてこの部屋にはおよそ似つかわしくない最新型のノートパソコン。

「若林さん……」

 若林はこんな場所でたった1人でただ作品と向き合い続けていたのだ。作品を生み出すためにこんな場所で一人、全ては傑作を生み出すために。

 パソコンの電源を入れる。不用心だがパスワードを設定していなかったことに、このときは助けられた。

「これだ……」

 村本は原稿が入っているであろうファイルを見つけ開いた。薄暗い部屋で、気味の悪い単語の数々が並んでいたが村本にはその一字一字が明るく輝いて見えた。若林が生き絶えるその時まで書いていた作品。村本は一度深呼吸してから読み始めた。〉

 この小説にはついさっきこの小説を読み始める村本が描写されていた。そして遂には今の自分の状況まで流れが追いついた。

「凄いぞ……こんな小説読んだことない」

 恐怖とは裏腹に村本は顔は笑みを浮かべていた。

 その小説はこんな言葉で締めくくられていた。

〈君の物語はここまで。〉

 数日後、連絡の取れない村本を探していた編集長が若林の部屋で冷たくなった村本を発見する。ノートパソコンのデータは失われていた。

 この二人の不審死はしばらく世間を騒がせた。それはこの物件に取り憑く霊によって書かされた死へ誘う物語なのか、それとも若林の情念が乗り移った物語なのか。

それからさらに数年後ネットに読むと死ぬと噂の小説があるという噂が流れる。  

 女子高生の間で少し話題になっただけのチープな話だ。

 そのチープさ故、噂話だけが先行し他にその小説が読めるという情報は出回っていない。

 ただ唯一わかっていることはタイトルが『わけあり物件』ということ。

 

 そして今画面の向こう側であなたはその物語を読み終えたのだった。

 君の物語はここまで。

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